03_神奈川

2024/02/23

みなとみらい線直通まであと半年、さらば東急東横線桜木町駅(2004年廃止)

 廃止まであと半年に迫った、東横線桜木町駅を見てきました。(2003年訪問)

 四六時中ステンレスカーが発着していた、立派な複線高架終着駅が無くなるとは、にわかに信じられません。

 とはいえ、ローカル線廃止を悲しむ気持ちとは全く別の、都市鉄道の大きな変化が待ち遠しかった頃でした。

※関連記事 さらば高島町 さらば高架横浜 さらば地上反町 東急桜木町切替一夜 あと2週間かまぼこ屋根 渋谷地下化まで180日 駅前の東急5000系青ガエル

 

 

 

▼終点桜木町に着くと、わずかな時間で折り返し発車準備を行っていた。方向幕転回、乗務員交代。
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▼国道16号線との関係か、レールは終端まで直線だった桜木町6番線ホーム。
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▼ホームにはまだ売店があり、山積みの新聞雑誌がにぎやかだった。駅名標は新様式に更新されていたものの…。
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▼改装されて新しめだった桜木町改札。渋谷改札と反対側だったのは、分散乗車に役立っていただろうか。
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▼サザエさんが登場したこともビックリだった東横特急が、根岸線改札の横で東横線へと誘客する。
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▼島式ホームは、高島町と同様に終端部に上屋がなく、道路側の看板類もなく、開放的だった。
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▼渋谷行きが発車すると、根岸線直通の横浜線が近づいてきた。複々線の楽しみが味わえた区間。
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▼日本一のランドマークタワーを見上げて発車を待った東横線。お疲れさま、さらば東横線桜木町駅。
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撮影地 神奈川県横浜市中区桜木町

 

 

 

 

 

△カメラ Canon PowerShot A70
△紀行日 2003/7/28(月)

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みなとみらい線直通まであと半年、さらば東急東横線高島町駅(2004年廃止)

 廃止まであと半年に迫った、東横線高島町駅を見てきました。(2003年訪問)

 反町と同じく横浜の隣駅なのに、それまで下車したことは無かったのです。

 そこそこ利用者も見かけたので根岸線にホームを設置する話でも出るかと思ったのですが、地下鉄高島町駅があるためか、そのまま廃止になっていきました…。

※関連記事 さらば桜木町 さらば高架横浜 さらば地上反町 東急桜木町切替一夜 あと2週間かまぼこ屋根 渋谷地下化まで180日 駅前の東急5000系青ガエル

 

 

 

▼かなり前から告知はされていたが、いよいよ廃止が迫ってきた感じがした頃。
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▼三菱重工横浜造船所が操業していた頃は、この改札口もかなりにぎわったのだろうか。
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▼戦前の開業以来、それほど変わっていないと思われる高架下の駅入口。
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▼国道16号に沿った直線の高架橋が、東横線終端区間の光景だった。
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▼時折話題になっていた高架壁面の状態には、何ともいいようがない・・・。
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▼ホームは、根岸線に沿って狭い島式が設けられていた。
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▼ホームの両端は上屋がなく、そこに立つ背の高い駅名標が特徴的だった。
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▼「高島」つながりでは、このあと池北線高島駅も2006年に廃止になってしまう・・・。お疲れさま、さらば東横線高島町駅。
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撮影地 神奈川県横浜市西区高島

 

 

 

 

 

△カメラ Canon PowerShot A70
△紀行日 2003/7/6(日)

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2024/02/10

地下化まであと1週間、さらば東急東横線高架横浜駅(2004年移設)

 地下化まであと1週間に迫った、東横線横浜駅を見てきました。(2004年訪問)

 素っ気ない高架駅でしたが、まさかみなとみらい線直通で地下化されるとは想像できなかったことでした。

 東海道線ホームの小田原方で聞こえていたトラス橋の轟音も、20年前の思い出になってしまいます…。

※関連記事 さらば桜木町 さらば高島町 さらば地上反町 東急桜木町切替一夜 あと2週間かまぼこ屋根 渋谷地下化まで180日 駅前の東急5000系青ガエル

 

 

 

▼東横線横浜駅は高架相対式ホームで、いつも渋谷方面が混んでいたイメージがある。
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▼現在のみなとみらい線直通と変わらず、横浜発下りはデータイムでも16本/h走っていた。
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▼ひらがなメインの黒地駅名標は、シンプルで見やすかった。
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▼一昔前の電話ボックス型が、21世紀まで流用されていたとは。
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▼駅ビル「CIAL」2階にあったホーム直結改札口は、東横線利用者には重宝だったろう。
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▼自動改札機も設置されていたが、昭和の名残りともいえた2階改札口は廃止に。
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▼1階東横線切符売り場。パスネット時代はまだ券売機の台数が多く、JR線連絡の運賃表もにぎやかだった。
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▼その後横須賀線ホームの敷地になるとは誰が想像しただろう。お疲れさま、さらば東横線高架横浜駅。
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撮影地 神奈川県横浜市西区高島

 

 

 

 

 

△カメラ Canon PowerShot A70
△紀行日 2004/1/25(日)

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地下化まであと1週間、さらば東急東横線地上反町駅(2004年移設)

 地下化まであと1週間に迫った、東横線反町駅を見てきました。(2004年訪問)

 もうふた昔前になるとは信じられません。今月で東横線の桜木町廃止・みなとみらい線直通からはや20年です。

 未だに記憶は新鮮な気もしますが、反町、横浜、高島町、桜木町の各地上駅を振り返ってみましょう。

※関連記事 さらば桜木町 さらば高島町 さらば高架横浜 東急桜木町切替一夜 あと2週間かまぼこ屋根 渋谷地下化まで180日 駅前の東急5000系青ガエル

 

 

 

▼開業以来変遷してきた、横浜周辺の路線がまた変化するとあって、地下化には注目していた。
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▼東白楽から続く以前からの高架線は、横浜市街地エリアの広さを感じさせる。
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▼トンネルが迫る横浜寄りは掘割形状に。トンネルファンとしては地上線トンネルの廃止が残念だった。
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▼立派な行灯型バス停に「東横」が付くのは、かつての市電反町と区別するためだったらしい。
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撮影地 神奈川県横浜市神奈川区松本町

 

 

 

▼ターミナル駅の隣りは小駅が多いが、ここも例外ではないようだった。
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▼なぜか長電の地下鉄化を思い出してしまった「祝 地下鉄化」ポスター。地下化で階段は増えると思うが・・・。
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▼消えゆく、国道1号横浜新道を渡る東横線。
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▼地下化でどう生まれ変わるのか楽しみだった頃。お疲れさま、さらば東横線地上反町駅。
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△カメラ Canon PowerShot A70
△紀行日 2004/1/25(日)

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2024/01/28

箱根登山鉄道入生田~箱根湯本に残る踏切は7ヶ所に減少

 箱根登山線の入生田から箱根湯本へ、残る踏切を見てきました。

 「箱根登山鉄道」といえば、今春の会社再編で社名が消えてしまうようです(2024/1/24発表)。

 沿線の登山鉄道らしい情景が急に消えることはないと思いますが、ファンとしては少し寂しい気もしますね…。

※関連記事 風祭駅構内踏切が廃止 風祭水車踏切は廃止か 三線軌条踏切と二線化された痕跡 ススキ揺れる入生田~箱根湯本

 

 

 

▼風祭の構内踏切が廃止された今、小田急通勤車が通る唯一の構内踏切になった入生田。
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▼最初の踏切は、第1種「松葉踏切」。「箱根登山鉄道」表記も、今後変わってしまうのだろうか。
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▼松葉踏切のすぐ隣りには、箱根登山線の3線軌条区間では唯一になった車道の「入生田踏切」。
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▼ほぼ個人宅への踏切だった第4種「菊川踏切」は廃止され、踏み跡も消えかかっていた。さらば、菊川踏切。
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▼ここも個人宅への専用踏切のようだが、耕作地への入口でもあり健在な第4種「山崎宮踏切」。
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▼「山崎稲荷踏切」から見た第4種「水車小屋踏切」。以前行ったことはあるが、入口が不明瞭で今回到達できず。
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▼湯本中学校は2008年に廃校になったが、今でも第1種「中学校踏切」は残る。この先あった踏切は跡形もなかった。
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▼民家は無くなったものの、かろうじて第4種「開沢踏切」は残っていた。これからも名撮影地に行けるのはうれしい。
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撮影地 神奈川県足柄下郡箱根町

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM

△紀行日 2023/12/03(日)

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2024/01/01

風祭水車踏切は残るものの風祭駅構内踏切が廃止

 水車踏切の行方が気になり、箱根登山線風祭駅を訪れました。

 以前あった踏切存続検討の告知は無くなっていて、当面第四種踏切は残る感じだったのには安堵しました。

 一方で、風祭駅の構内踏切が廃止されたのは驚きでした。立体化はあきらめ、至近の踏切に統合した形です。最近はほぼIC乗車券利用になったことに、背中を押されたのでしょうか。

※関連記事 入生田~湯本に残る踏切は7ヶ所 風祭水車踏切は廃止か 三線軌条踏切と二線化された痕跡 ススキ揺れる入生田~箱根湯本

 

 

 

▼風祭構内に進入する、箱根湯本行ロマンスカーGSE。ここの踏切警報灯も新調されていた。
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▼6両急行が行き来していた頃から、お気に入りの角度。石垣と農業倉庫がたまらない。
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▼小田急車が走る沿線で、この組み合わせはもうなかなか無い。
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▼風祭水車踏切全景。撮っている間にも踏切を通る地元の方がいたし、とりあえず残るようで良かった。
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▼小田急線内ではもう見かけない、木製渡り板がいかにも「踏切」らしい。
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▼しかしこの踏切の安全は、通る人の注意力に頼っている。
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▼風祭駅改札へ回ると、あら不思議。構内踏切は無かったかのように、方面別改札(IC読取機)になっていた。
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▼入生田へ向けて登っていく1000形各停。左右の建物も更新され、登山線沿線も変わりつつある。
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撮影地 神奈川県小田原市風祭

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM

△紀行日 2023/12/03(日)

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あの宮ノ下駅でも空いていたあじさいシーズン

 沿線のあじさいでも有名な、箱根登山線宮ノ下駅を訪れました。(2021年訪問)

 宮ノ下温泉への下車駅ですが、2月からは小涌谷と共に無人駅になってしまうようです。(2023/12/27発表

 観光地への玄関口ですので、せめて観光案内の人とかが残れば有難いのではと思いますが・・・。

※関連記事 紅くなる大平台駅で折り返す 21世紀の箱根ロープウェイに初乗り 楽しい旅路は復活するか アレグラ号に初乗り あじさいしっとりと塔ノ沢

 

 

 

▼青いあじさいと青信号は、いつもと変わらない。
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▼箱根登山電車も、いつもと変わらない。たしかに通常通り動いている電車を、使わない理由もないだろう・・・。
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▼箱根登山鉄道の急こう配も、いつもと変わらない。
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▼宮ノ下駅舎も、いつもと変わらない。観光客も見かけたが、空いていて逆にノビノビできたのでは・・・。
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▼線路内立入禁止のための突起も、いつもと変わらない。
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▼登山電車がいつもこのくらいなら素晴らしいのだが。といってこの空き具合では経営が成り立つわけがない・・・。
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▼あじさい電車ヘッドマークも、いつもと変わらない。変わっていたのはヒトの生活だけだった・・・。
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撮影地 神奈川県足柄下郡箱根町宮ノ下

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2021/6/13(日)

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2023/11/04

もうすぐ205系の時代も終わる鶴見線旧弁天橋電車区あたり

 鶴見線の車庫がある弁天橋を訪れてきました。

 いよいよ12月から新車E131系が運転開始だそうで、鶴見線の205系時代も終わりが近づいたようです。(2023/11/1発表

 205系導入当初は鶴見線までもステンレス車かとがっかりしたこともありましたが、それでもまだ国鉄色の濃い車両でした。

※関連記事 今なお残る浜安善終端 構内専用線が見える新芝浦駅へ

 

 

 

▼前回訪問時には残っていた歴史ある旧駅舎はどこへやら、駅前ともどもすっかり一新されていた。
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撮影地 神奈川県横浜市鶴見区弁天町

 

 

 

▼扇町方面の専用踏切と専用線が気になる。宇宙から全てを記録されている昨今、専用踏切は公道からでも撮影禁止だという。
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▼すっかりスイカ時代になり、券売機は撤去され運賃表と乗車駅証明書発行機だけが残る。これが未来の小駅なのかもしれない。
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▼弁天橋までの乗車券を持って降りる人は、今時どれくらいいるのだろう。
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▼社名変更のCMが一時かなり流れていたが、ここだけは昔の呼び名そのままに「旭ガラス踏切」。
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▼グリーンシートが被せられた専用線跡。再開の可能性があるとは思えないが、空き地のまま置かれる。
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▼こぢんまりとした電車区は、模型ファンならずとも惹かれるものがある。今また主役交代の時が訪れた。
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▼先頭車改造もあったとはいえ、国鉄車両の端正な面影を残していた205系。お疲れさま、さらば鶴見線205系。
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△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/4/16(土)

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2023/09/23

今なお残る横田基地へのジェット燃料輸送列車が出る鶴見線浜安善終端

 厚木、三沢、瑞穂、横田、の次は、鶴見線の(旧)浜安善を訪れました。

 米軍基地への鉄道輸送も、ここ浜安善発が最後になるのでしょうか。

 いわば前回の世界大戦後の名残りともいえる、貴重な光景を目に焼き付けてきました。

※関連記事 もうすぐ205系の時代も終わる電車区 今なお残る横田基地貨物線 今なお残る瑞穂埠頭貨物線 今なお残る厚木基地貨物線 今なお残る三沢基地貨物線

 

 

 

▼安善から徒歩約10分、以前の浜安善構内「ニヤクコーポレーション踏切」へ。残るは2線のみだった。
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▼ここまでが「日本貨物鉄道」、ここから先は「米軍専用線」。正式名なのでちょうど対照的に見える。
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▼米軍エリアへ、専用線は道路を斜めに横切っていた。「日石カルテックス踏切」の表示はあるが、警報器も遮断機もない。
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▼2000年代までは駅舎が残っていたという(旧)浜安善終端。左右に出ていた専用線も、今や米軍向けのみとは寂しい。
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撮影地 神奈川県横浜市鶴見区安善町

 

 

 

▼その先へいくと、横田基地へ向かうタンク車が休んでいた。黒いイメージは過去の話か。
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▼そして米軍専用線も終端を迎える。鶴見線沿線に数多くあっただろう線路終端は、あとどれくらい残るのだろう。
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▼米軍エリアでは日章旗も上がっていた。どうか平和な時代が続きますように。
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▼いつまで残るか、横田基地へのジェット燃料輸送列車。
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△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2023/5/3(水)

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2023/04/23

東芝京浜事業所への構内専用線が見える鶴見線新芝浦駅へ

 鶴見線新芝浦駅へ訪れてきました。

 いよいよお隣り南武線浜川崎支線には、今年度にも205系の後継にE127系が入るようです。(2023/2/17発表)

 となると、鶴見線205系もそう先は長くないのかもしれません。今のうちに、もう少し鶴見線を散歩しようかと。。

※関連記事 もうすぐ205系の時代も終わる電車区 今なお残る浜安善終端

 

 

 

▼鶴見線海芝浦支線は新芝浦までが複線、この先右側の線路は東芝工場へ入る。三箇所続く踏切注意の標識が見事。
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▼新芝浦駅へ降り立つのは、東芝工場への通勤客か訪問客と、鉄道ファンくらいだろう…。
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▼駅舎は、手前のTOSHIBA標識と守衛所からの上屋を見ていると、工場敷地内にあるかのよう。というか、Googleマップでは立っているこの場所も公道ではないグレー表示であり、線路と駅舎も実は敷地内を借用しているのかもしれない。そのためかストリートビューも駅前まで来ていないが、実際には立入は許容しているらしくバス停もあり守衛所から注意されることもない。
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▼無人化後も駅舎はそのままのようだが、機器室の役割でも残るのだろうか。
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▼Suicaが当たり前になり今や券売機も無い、トイレもキオスクも無くなった駅舎。
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▼燃料電池搭載の電車でも走り始めたら、電化施設は撤去されるのか。
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▼3両編成でツーマン運行なのも、今どき珍しくなってきた。
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▼205系の後継車両も、この複線を走るだろうか。
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撮影地 神奈川県横浜市鶴見区末広町

 

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/4/16(土)

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