円山駅は空地と地区会館に面影が残る《深名線廃止30周年駅巡り1》
思い出お~い深名線、廃止から30年たった各駅を訪れました。
1995年の深名線廃止から、ほぼ5年毎に深名線駅巡りを続けてきたのですが、毎回思うのはやはり沿線の家並みが減るばかりということです。幌加内町の人口は、1995年の2413人から2025年7月末で1217人と、30年でなんと半減しています。廃止時でも鉄道が走っていたのは奇跡的でしたが、今やJRバスが走るのも感慨深く思える状況です。
深名線の木造駅舎は、関係各位のご尽力により現在4駅が何らかで残っています(鷹泊、沼牛、政和、添牛内)。これは他線を見ても多いのではないかと思われ、愛着の深さを感じます。自分に出来ることはわずかに沿線を訪れる事くらいしかありませんが、今年は30周年ということで幌加内「吉野屋旅館」と朱鞠内湖畔「レークハウスしゅまりない」に滞泊してきました。
幌加内町夏の魅力、一面広がるそば畑や、北欧のような朱鞠内湖などは変わらずにありました。今も町内にコンビニはありませんが、「せいわ温泉ルオント」で休めるのはポイント高いです。そして何といっても素晴らしいのは、日中の気温が30度を超えず、朝は15度まで下がることです。関東から行くと天国のような夏でした・・・。
ということで、シリーズ1回目は、まず深川市内から、円山駅です。
▼道道875号多度志一已線から坂を下りると、舗装の継ぎ目に踏切跡が想像できる。深川からひと駅、そこが円山駅跡だった。
撮影地 北海道深川市一已町
▼駅跡の目印は、深名線現役時代からあった小さな自治会館と隣の木。
▼深川方面は、線路跡は農道と耕地が広がっている。列車が来ればいい背景になっただろう。
▼廃止後も続いていた駅に一番近い民家は、もう空き家のようだった。ここから見える限り、他に農家が2軒か。
▼名寄方面も農道と耕地になっている。列車はここから峠に向けて勾配を上がった。今や線路があったことは想像しずらい。
▼駅前空地が残る円山駅は、跡形なくまるで判らない無人駅跡とは違って、まだ恵まれているのかもしれない。
△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2025/8/13(水)
▽Webサイト 線路端紀行
※深名線駅跡めぐりシリーズ
2020年/廃止25周年
(1)深川~鷹泊
(2)沼牛~添牛内
(3)共栄~名寄
2025年/廃止30周年
(1)円山駅
(2)上多度志駅
(3)多度志駅
(4)宇摩駅
(5)幌成駅
(6)下幌成駅
(7)鷹泊駅
(8)沼牛駅
(9)新成生駅
(10)幌加内駅
(11)上幌加内駅
(12)雨煙別駅
(13)政和温泉駅
(14)政和駅
(15)新富駅
(16)添牛内駅
(17)共栄駅
(18)朱鞠内駅
(19)湖畔駅
(20)蕗ノ台駅
(21)白樺駅
(22)北母子里駅
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コメント
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線路が無くなると自然に戻る感じですが、確かに鉄路があったことは間違いありません。
静かな大地が列車が走っていた記憶をいつまでも残してくれるでしょう。
投稿: 汽車空間 | 2025/08/27 20:33
★汽車空間さん
何も無かったかのような自然を見ていると、なんとも言えない気持ちになりますね。
鉄路があった時代は遠い彼方に去ってしまったことは確かです。
投稿: ひょうたん山@管理人 | 2025/08/28 01:19
季節ごとに訪れると違った写真になるのでしょうね。
投稿: イチロー | 2025/09/20 23:07
★イチローさん
深名線の夏は最高でしたが、本当は四季それぞれ訪れたいところですね。
投稿: ひょうたん山@管理人 | 2025/09/21 09:10