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2025年3月

2025/03/22

緑色の201系がおおさか東線全線開業で活躍し始めた頃

 おおさか東線に初乗りすると、来る電車みんな緑の201系で驚きでした。(2019年訪問)

 201系といえば中央線、新しい国電「省エネ電車」のイメージと音が印象的でしたが、とうとう関西からも引退のようです。

 新線開業時に投入された201系は、最後の晴れ舞台になったでしょうか。

※関連記事 おおさか東線はウグイス色201系で全線開業

 

 

 

▼どうやらLEDの最上段が光っていないようだったが…、Hゴムが廃された方向幕窓そのまま。
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▼新線に似合っていたくらい、201系の外観はきれいに維持されていた。
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撮影地 大阪府吹田市南吹田

 

 

 

▼張り上げ屋根に更新されたのは、さすが関西ならではの意気込みと感じた。
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▼窓もここまで一新されたなら、もう少し見ていたかった気がする。せめて逝くのは順番に・・・。
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▼この辺りの土地勘はまるで無く、片町線(と言ってしまうが…)との複々線区間には驚いた。
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▼201系には新鮮だったが、緑の車体色が奈良のイメージと似合っている。
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▼昼間の王寺では201系が休んでいた。今更ながらブラックフェイスが目立つ。
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▼ホーム端にはちょうど緑の「龍田大社」常夜灯が。私はこの時が最後の乗車になった。今までお疲れさま、さらば国電201系。
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△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2019/5/3(金)

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神武寺から専用線のトンネルを抜けると217系並ぶ逗子の電留線だった

 神武寺から逗子への専用線沿線を歩いてきました。(2012年訪問)

 いつも新車搬出時に注目される逗子へのルートですが、どういう位置関係にあるのか実際に見てみたかったのです。

 今回は、専用線の米軍池子線が最後に横須賀線と合流する、逗子の電留線あたりです。

※関連記事 (予定)神武寺の米軍エリア (予定)ここから搬出される

 

 

 

▼か細い専用線の向こうに、横須賀線と逗子の電留線が見えてきた。本線線路との対比が面白い。
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撮影地 神奈川県逗子市山の根

 

 

 

▼横須賀線と合流しそのまま並走する専用線。横須賀線を久里浜からの直通217系が走る。
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▼217系の横顔が見える。屋根にかけてカーブする正面が特徴的だったが、デザインのためのデザインという感じもした。早くも、2025年3月のダイヤ改正で全車活躍を終えたらしい。
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▼増結用の付属編成がいつも待機している逗子の電留線。専用線からの線路は3線に分かれる。
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撮影地 神奈川県逗子市山の根踏切(当時)

 

 

 

▼渡る時はとても注意する必要があった、電留線内の第4種「山の根踏切」。ここで専用線見物は終わり。
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▼ブラックフェイスが光る時間帯。あれだけ大群だったのに消えるのが信じられない。今までお疲れさま、さらば217系電車。
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△カメラ Canon EOS Kiss X3
△レンズ EF-S15-85mm f/3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2012/10/8(月)

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2025/03/07

稚内市抜海村字クトネベツに100年続いた宗谷本線抜海駅よ永遠に(2025年廃止)

 抜海駅は、とうとう廃止になってしまいます。

 生きとし生けるもの、いつかは消え去ることを考えれば、駅も同じなのでしょう。

 交換駅ではなくなった抜海駅と再会するのも忍びなく、昨夏の残像を見ながらお別れしたいと思います・・・。

※関連記事 抜海も廃止か 抜海が廃止の危機に 存続決まった抜海 抜海で稚内行を見送る 残るか兜沼・勇知・抜海 抜海が棒線化 抜海の木造駅舎 抜海よ永遠に(今ここ) 思い出の夜行特急利尻

 

 

 

▼いつ誰がちりばめたのだろう。
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▼最北の酪農地帯で、駅は100年も続いた。
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▼全国から抜海への玄関口でもあった。
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▼旭川から続く証しはこれからも変わらないが。
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▼どんな季節にもありがたかった駅舎。
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▼騒々しいのはヒトだけか…。
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▼すぐに跡形も無くなるのだろう。
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▼でも私たちは永遠に忘れない。ありがとう、さらば宗谷本線抜海駅。
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撮影地 北海道稚内市抜海村クトネベツ

 

 

 

《2025/3/15追記》 昨日で抜海駅は結局廃止になりました。単なるそろばん勘定では廃止になるのでしょう。しかしそれだけで判断して良いものなのか、いろいろ考えさせられました。宗谷本線と沿線はもっとその魅力を広めないともったいない、日本の鉄道網はローカル線や小駅をどこまで維持するのか、日本の限られた赤字予算で鉄道施設へはどう配分するのか、などまで思いは巡りました。

 また痛感したのは、訪問客が旅先で良いと感じても、地元の方々にとってはそうでもない、ということでした。抜海駅なら、おそらく稚内の方々なら何もないボロ駅舎のどこがいいのか、という感覚でしょう。富良野の丘で、見向きもされない一本の木に訪問客は集まる、ことにも似ています。訪問客は観光地や名所だけではなく、無名なシーンにもその地域の魅力を感じることを、もう少し地元の方々に知って頂けたらと感じました。

 最後に、個人的な妄想を書きます。「抜海見晴台」臨時駅の設置です。「釧路湿原」や「原生花園」臨時駅が名所ど真ん中に出来て、私も早速行きましたが、今も多くの人が訪れるようです。そこで宗谷本線にも、日本海と利尻富士が一望できるあの高台の絶景ポイントに臨時駅「抜海見晴台」を設けてはいかがでしょうか。今の徐行運転だけではなく、臨時駅設置と「抜海トロッコ」列車の運行で、稚内と宗谷本線の魅力アップに期待できると思います。抜海駅の廃止が、なぜここまで他所の人にも惜しまれ、なぜ全国ニュースにもなったのかを思い起こし、ここで終わってほしくない気がするのです。

 

《2025/8/2追記》 抜海駅の駅舎解体が、なんとまたNHK全国ニュースでも放映され、8月1日までに解体されたようです。廃止駅なのでもう驚きませんが、昨年の峠下駅のように雪で自然崩壊したりしたら危ないのでしょう。

 最北の自然はいうまでもなく本当に素晴らしい稚内ですが、自ら使わないものや直接利益を生まないもの、産業遺跡などには、関心は高まらないようです。鉄道に支えられてきたことや、訪問客を鉄道で呼び込もう、という感覚や動きも見られません。予算も限られるから仕方ないのでしょう。とはいえ、立派になるばかりの道路港湾や公共施設を見るたびに、残念に思うところです。

 いずれにしても、個人的には稚内再訪の魅力はかなり失われてしまいました。残念ながらしばらくは稚内を訪れることもなさそうです。次回行くとしたら、宗谷本線が廃止される時になってしまうのでしょうか・・・。

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2024/8/12(月)

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特急大雪の快速格下げ・廃止で石北本線遠軽駅はますますガランと感じそう

 名寄本線が分岐していた、石北本線遠軽駅を再訪しました。

 駅構内は、かつてとあまり変わらない広さが残るようですが、行き交う列車と編成両数が減った分だけガランとした感じです。

 来週3月15日のダイヤ改正から、特急大雪は特別快速に格下げ・廃止とのこと、遠軽発着の特急はとうとう1日2往復です。石北本線は “負のサイクル” が止まらない感じで、これから先が思いやられます。

※関連記事 思い出の夜行特急オホーツク(駅そば営業中の遠軽) 上川は峠越え前最後の町

 

 

 

▼駅名標は点灯していないのに、乗換階段前の案内板だけがホームを照らしていた。
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▼今も長いホームに、1日どれくらいの人が行き交うのか。
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▼かつての要衝駅を感じさせる、ホームに建つ2階建ての構内詰所はいつまでもつだろう。
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▼札幌行夜行が出る時間もやっていた、駅そば「北一そば」は2019年に閉店したらしい。
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▼「えきねっと」を広めたいのか窓口営業はとうとう15時までと、もはや銀行のよう。駅員さんがいるのに開けないのなら悲しい。
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▼意外にも構内には転車台の姿が見えるが、まだ動くだろうか。
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▼旧名寄本線の線路は、その先へ続いているようにも見える。
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▼なんと名寄本線はまだ残っていた。しかし二度と灯らない「紋別・名寄方面」。石北本線もこうならないことを願うばかり…。
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撮影地 北海道紋別郡遠軽町岩見通南

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2024/8/11(日)

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