抜海駅は、とうとう廃止になってしまいます。
生きとし生けるもの、いつかは消え去ることを考えれば、駅も同じなのでしょう。
交換駅ではなくなった抜海駅と再会するのも忍びなく、昨夏の残像を見ながらお別れしたいと思います・・・。
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▼いつ誰がちりばめたのだろう。

▼最北の酪農地帯で、駅は100年も続いた。

▼全国から抜海への玄関口でもあった。

▼旭川から続く証しはこれからも変わらないが。

▼どんな季節にもありがたかった駅舎。

▼騒々しいのはヒトだけか…。

▼すぐに跡形も無くなるのだろう。

▼でも私たちは永遠に忘れない。ありがとう、さらば宗谷本線抜海駅。

撮影地 北海道稚内市抜海村クトネベツ
《2025/3/15追記》 昨日で抜海駅は結局廃止になりました。単なるそろばん勘定では廃止になるのでしょう。しかしそれだけで判断して良いものなのか、いろいろ考えさせられました。宗谷本線と沿線はもっとその魅力を広めないともったいない、日本の鉄道網はローカル線や小駅をどこまで維持するのか、日本の限られた赤字予算で鉄道施設へはどう配分するのか、などまで思いは巡りました。
また痛感したのは、訪問客が旅先で良いと感じても、地元の方々にとってはそうでもない、ということでした。抜海駅なら、おそらく稚内の方々なら何もないボロ駅舎のどこがいいのか、という感覚でしょう。富良野の丘で、見向きもされない一本の木に訪問客は集まる、ことにも似ています。訪問客は観光地や名所だけではなく、無名なシーンにもその地域の魅力を感じることを、もう少し地元の方々に知って頂けたらと感じました。
最後に、個人的な妄想を書きます。「抜海見晴台」臨時駅の設置です。「釧路湿原」や「原生花園」臨時駅が名所ど真ん中に出来て、私も早速行きましたが、今も多くの人が訪れるようです。そこで宗谷本線にも、日本海と利尻富士が一望できるあの高台の絶景ポイントに臨時駅「抜海見晴台」を設けてはいかがでしょうか。今の徐行運転だけではなく、臨時駅設置と「抜海トロッコ」列車の運行で、稚内と宗谷本線の魅力アップに期待できると思います。抜海駅の廃止が、なぜここまで他所の人にも惜しまれ、なぜ全国ニュースにもなったのかを思い起こし、ここで終わってほしくない気がするのです。
《2025/8/2追記》 抜海駅の駅舎解体が、なんとまたNHK全国ニュースでも放映され、8月1日までに解体されたようです。廃止駅なのでもう驚きませんが、昨年の峠下駅のように雪で自然崩壊したりしたら危ないのでしょう。
最北の自然はいうまでもなく本当に素晴らしい稚内ですが、自ら使わないものや直接利益を生まないもの、産業遺跡などには、関心は高まらないようです。鉄道に支えられてきたことや、訪問客を鉄道で呼び込もう、という感覚や動きも見られません。予算も限られるから仕方ないのでしょう。とはいえ、立派になるばかりの道路港湾や公共施設を見るたびに、残念に思うところです。
いずれにしても、個人的には稚内再訪の魅力はかなり失われてしまいました。残念ながらしばらくは稚内を訪れることもなさそうです。次回行くとしたら、宗谷本線が廃止される時になってしまうのでしょうか・・・。
△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2024/8/12(月)

▽Webサイト 線路端紀行
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