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2024/01/13

のと鉄道能登線中居駅からの七尾北湾遠望もよかった(2005年廃止)

 穴水から能登線の一駅目、のと鉄道中居駅を訪れました。(2004年訪問)

 2024年元旦の能登半島地震はかなり地形が変動したことも衝撃でしたが、能登線が残っていたとしても大変な被害だったことでしょう。

 現地へのお見舞いと復興をお祈りしながら、もう20年前になる能登線廃止前年の姿を振り返ってみたいと思います。

※関連記事 能登線の終着駅蛸島は金沢からも遠かった

 

 

 

▼穴水から小さな峠を越えて少し長めの5.2キロ、能登線最初の駅は1面1線だった。
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▼のと鉄道の駅名標は国鉄様式を流用していた。
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▼国道249号線に面する小駅にも、まだこの頃は電話ボックスが。
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▼やはりホーロー看板には目を向けてしまう。
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▼春には桜吹雪が見られそうなホーム。
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▼無煙化以降もずっとこれで頑張ってきた、蛸島寄りの踏切。
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▼昭和34年開業なのでその後の延伸は考えづらく、ホームの段差は過去の地震の影響だろうか。
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▼蛸島まで61キロの旅は始まったばかり。ありがとう能登線、さらば中居駅。
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撮影地 石川県鳳珠郡穴水町中居ロ

 

 

 

 

 

△カメラ Canon PowerShot S1 IS
△紀行日 2004/5/1(土)

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コメント

貴重な記録ですね。穴水から一駅で、こんないい雰囲気の駅があったんですね。
能登線は1991年に全線乗車したのですが、まだデジカメがない時代で写真もそれほど撮っていませんでした。乗りつぶしだけではなく、途中下車する楽しみを再認識しました。

能登半島地震の被災者の皆様が、一日も早くもとの生活を取り戻されることを祈っております。

★MIRUMIRUさん
能登線廃止からもう20年がたつのかと、本当にいろいろ考えさせられます。。

デジカメ画像は色あせないことを感じる、この20周年シリーズ。また続けたくなります^^

もしかして今でも残っていたら別の展開があったかもしれないと思ってしまいます。

線路がなくなると寂しくなりますが地元の発展を願うばかりです。

★汽車空間さん
能登線はかわいそうにも短すぎる一生でした。

割合長いローカル線だと赤字額も大きくなり、三セクとはいえ厳しくなったのでしょう…。

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