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2023年7月

2023/07/30

思い出の寝台特急北陸(上野-金沢)《復活してほしい夜行列車22》

 「北陸」はまさに夜移動するだけの短距離ブルートレインでしたが、その分時間を効率的に使えました。

 いよいよ来春には、北陸本線の大部分が第3セクター鉄道になります。北陸地方への夜行列車の復活など、ますます夢物語でしょう。

 それでも思うのは、やはり鉄道には公共の移動手段として多様な選択肢を持っていてほしいし、24時間ユニバーサルサービスを期待したいということです。かつて国鉄の赤字が大きくなり、いわば国民の貴重な資産は民営化されましたが、その時確かに夜行列車は残しますと宣言されていたことを思い出すのです。

※関連記事 夜行復活で長距離移動のグレート・リセット 復活してほしい夜行列車の魅力 ドリームにちりん宮崎空港行 ムーンライトながらに復活してほしい理由 復活してほしいムーンライト信州 サンライズ瀬戸で目覚めたら琴平 ありがとう14系客車夜行急行

 

 

 

▼寝台特急北陸は、デジカメに移行してから1回しか乗車記録がない。2003年秋、この日は上野駅で北陸の発車を見送った。
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▼リネンを乗せた台車も上野駅で見られなくなった。伝統が一旦途切れると、復活させようとしても大変だろう。
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▼深夜発早朝着の列車では、ビジネス客も見かけた。新幹線かがやき初電の金沢8:43着(現行)に対して、北陸は2時間も早い金沢6:32着(当時)だったから、時には価値があった。
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▼北斗星の機関車が新車になった頃、この寝台列車群もひょっとして残ったりして、と淡い期待を持ったこともあったが…。
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▼上野駅に夜行列車が入線すると、乗らない時もなぜか発車まで見ていたくなるのは、自分だけではなかったよう。
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▼夜行列車は、早朝に到着できるし、新幹線が通らない駅にも直通で行けることにまず存在価値があるので、新幹線と夜行列車との併存もムリではないと信じたい。将来の夢でいえば、和倉方面への直通とかはどうだろう。
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▼そして2004年GW、やっと北陸に乗れて、終点金沢に到着。景色を味わうまでもなく、早々に降りなければならない。途中での写真が撮れなかったのも残念だった。
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▼堂々12両編成と客車に対応していた金沢駅。三セク化でどうなるだろう。しかし復活してほしい夢は持っていたい、寝台特急北陸。
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撮影地 石川県金沢市木ノ新保町

 

 

 

 

 

△カメラ Canon PowerShot A70Canon PowerShot S1 IS
△紀行日 2003/11/29(土)、2004/05/01(土)

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※『復活してほしい夜行列車』シリーズ
 (1)夜行列車 旅が味わえる魅力
 (2)夜行列車 週末に遠出できる魅力
 (3)夜行列車 早朝から動ける魅力
 (4)夜行列車 気軽に使える魅力
 (5)夜行列車 安心して寝られる魅力
 (6)夜行列車 旅の機会が増える魅力
 (7)夜行列車 利用者からみた欠点
 (8)夜行列車 鉄道会社の事情
 (9)夜行列車 これからの夢
(10)夜行列車 個人的な興味 [1] [2] [3]

(11)思い出の ムーンライトながら
(12)思い出の ムーンライトえちご
(13)思い出の ムーンライト信州
(14)思い出の 夜行急行はまなす
(15)思い出の 夜行特急まりも
(16)思い出の 夜行特急オホーツク
(17)思い出の 夜行特急利尻
(18)思い出の 寝台特急北斗星
(19)思い出の 寝台特急はくつる
(20)思い出の 寝台特急あけぼの

(21)思い出の 夜行急行能登
(22)思い出の 寝台特急北陸
(23)思い出の 寝台急行きたぐに
(24)思い出の 夜行急行ちくま
(25)思い出の 夜行急行アルプス
(26)思い出の 寝台急行銀河
(27)思い出の 寝台特急あさかぜ
(28)思い出の 寝台特急さくら
(29)思い出の 寝台特急はやぶさ
(30)思い出の 寝台特急出雲

 

 

 

 

 

思い出の夜行急行能登(上野-金沢)《復活してほしい夜行列車21》

 急行「能登」で乗り過ごして上越国境を越えてしまった・・・ことはありませんが、もっとしっかり乗りたかった列車です。

 いよいよ北陸新幹線の敦賀延伸が、来春に迫ってきました。それはそれで嬉しいのですが、夜行列車で北陸地方へ旅立つのは完全に昔話になってしまうようです。

 今夏も、『復活してほしい夜行列車』としてデジカメ写真を少し見返してみることにしました。単なる懐古趣味ではなくて、いつまでも夜行列車復活への夢を持ち続けるために…。

※関連記事 夜行復活で長距離移動のグレート・リセット 復活してほしい夜行列車の魅力 ドリームにちりん宮崎空港行 ムーンライトながらに復活してほしい理由 復活してほしいムーンライト信州 サンライズ瀬戸で目覚めたら琴平 ありがとう14系客車夜行急行

 

 

 

▼一時期は上野発高崎線の終電だった急行能登。2002年秋、この日は「ムーンライトえちご」で高崎停車中に、能登を迎えた。
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▼まだ夜行列車は国鉄車両が並んだが、さすがにいつまで見られるかと案じていた頃。ところで来た列車は臨時表示だった。
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▼10分の続行で、定期の急行能登が到着。一時期の能登は福井行になっていて、便利に乗り通したことを思い出す。
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▼西の在来線電車を関東で見られたのは貴重だったので、いつも注目していた。しかしやはり去っていった489系能登。
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▼そして2010年春、富山駅。臨時列車になった急行能登を見に行った。その後結局、北陸本線の夜行列車は全廃された。新幹線は6~24時しか走らないので、早朝深夜の移動が不可能になり、ある意味富山は不便になった面もある。
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▼新幹線工事が進む富山駅構内で、写真展示でお別れされていた北陸と能登。その気持ちがあるくらいなら・・・。
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▼左右が圧縮されたような非ボンネット車の能登マーク。臨時列車でも専用幕が掲げられただけ良かった。
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▼繁忙期に夜行の選択肢が残されたのはありがたいが、やはり臨時格下げで6両でも利用者は少ないようだった。北陸も能登も両方はムリだとしても、復活してほしい夢は持っていたい、夜行急行能登。
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撮影地 富山県富山市明輪町

 

 

 

 

 

△カメラ FUJIFILM FinePix4500Canon PowerShot SX10 IS
△紀行日 2002/10/12(土)、2010/03/21(日)

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※『復活してほしい夜行列車』シリーズ
 (1)夜行列車 旅が味わえる魅力
 (2)夜行列車 週末に遠出できる魅力
 (3)夜行列車 早朝から動ける魅力
 (4)夜行列車 気軽に使える魅力
 (5)夜行列車 安心して寝られる魅力
 (6)夜行列車 旅の機会が増える魅力
 (7)夜行列車 利用者からみた欠点
 (8)夜行列車 鉄道会社の事情
 (9)夜行列車 これからの夢
(10)夜行列車 個人的な興味 [1] [2] [3]

(11)思い出の ムーンライトながら
(12)思い出の ムーンライトえちご
(13)思い出の ムーンライト信州
(14)思い出の 夜行急行はまなす
(15)思い出の 夜行特急まりも
(16)思い出の 夜行特急オホーツク
(17)思い出の 夜行特急利尻
(18)思い出の 寝台特急北斗星
(19)思い出の 寝台特急はくつる
(20)思い出の 寝台特急あけぼの

(21)思い出の 夜行急行能登
(22)思い出の 寝台特急北陸
(23)思い出の 寝台急行きたぐに
(24)思い出の 夜行急行ちくま
(25)思い出の 夜行急行アルプス
(26)思い出の 寝台急行銀河
(27)思い出の 寝台特急あさかぜ
(28)思い出の 寝台特急さくら
(29)思い出の 寝台特急はやぶさ
(30)思い出の 寝台特急出雲

 

 

 

 

 

2023/07/15

縄文杉への入口荒川登山口で屋久島の森林鉄道トロッコ軌道を見た

 屋久島の荒川登山口を訪れました。(2011年訪問)

 先日NHKブラタモリで#235「屋久島」が放送されましたが、やはり当然?のようにトロッコ道が登場したので、12年前の訪島を思い出しました。

 さすがに縄文杉や宮之浦岳には登れなかったので、いつかまた再訪したい島のひとつです。

※関連記事 軌道は鉄橋ありトンネルあり トッピーで屋久島宮之浦へ 航路紀行「鹿児島商船」

 

 

 

▼8月の屋久島、朝6時半頃。荒川登山口は、出発する登山者たちでにぎわう。それよりも、早速現れたレールにもう興奮。
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▼マクラギ、いや枕木はちょうどいい物置き場に。
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▼かわいい手回しターンテーブルがあった。今でも使われているのか。
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▼登山口の一角に、車庫というか雨宿り場。登山口からしてこの光景に目を疑う。やはり縄文杉どころではなかった。。
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▼たまらないレールの曲がりと合流具合。しかし森林鉄道はこんな簡易な線路だから、撤去されたら跡形も無くなるのだろう。
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▼使い古しなのか予備なのか。多雨な島でサビの進行はどうなのか。
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▼やはり森林管理署より「営林署」の方が響きがいい。
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▼登山口などでカメラを向けていたのは、ただ一人。いくら廃線跡が楽しいといっても、現役の線路施設に勝るものはないと思った。
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撮影地 鹿児島県熊毛郡屋久島町安房

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS kiss X3
△レンズ EF-S15-85mm f/3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2011/8/22(月)

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いつまで残るか宗谷本線最北の無人駅兜沼・勇知・抜海から宗谷岬へ

 いつまで残るかわからない最北の無人駅3駅から最北端へ、夜訪れました。(2004年訪問)

 ここ数年ハラハラしてきた宗谷本線抜海駅ですが、今度こそ2025年3月迄に廃止になるようです。(2023/7/14道新

 存続問題が、ある自治体・集落だけの話しになってしまっていますが、本来なら日本の鉄道網をどうするのかの議論が先ではないかと・・・。全国の人が使える駅なのに、ここ稚内市・抜海集落だけが背負うのは重すぎる気もします。

※関連記事 抜海駅も廃止か 抜海駅が廃止の危機に 存続が決まった抜海駅 抜海駅で稚内行を見送る 稚内市最南勇知駅 兜沼が見える兜沼駅 南幌延駅の板張りホーム さらば歌内駅

 

 

 

▼兜沼駅にて。すっかり涼しくなった頃、19:57の列車交換を待った。沼が近いからか明るい待合室には虫が集まる。
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撮影地 北海道天塩郡豊富町兜沼

 

 

 

▼稚内発の列車からはそれでも何人か降りてきた。キハ54は単行だが、いつの季節も頼もしい。
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▼勇知駅にて。貨車駅舎でも駅に灯りがあるだけ有り難い。抜海と違って集落の中にあるので、何となく落ち着く。
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撮影地 北海道稚内市抜海村上ユーチ

 

 

 

▼豆球も照らすはずの駅名標は、もう輝かなくなっていた。乗客が僅かでも、常夜灯だけは明るい。
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▼抜海駅にて。長年地元客や訪問客、そして保線や除雪する人たちを支えてきた駅舎には重みを感じる。
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撮影地 北海道稚内市抜海村クトネベツ

 

 

 

▼誰かが守ってきたから維持されてきた駅。個人的には、南稚内からここまで歩いたり強烈な思い出があって、あきらめきれない。
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▼稚内港にて。北防波堤ドーム前では東日本海フェリーが滞泊する。かつてライダーたちで夏は満員だったドームは、今ガラガラ。
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撮影地 北海道稚内市開運

 

 

 

▼夜半の宗谷岬にて。まだ19度ある。夏の北海道、夜は更ける。
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撮影地 北海道稚内市宗谷岬

 

 

 

 

 

△カメラ Canon PowerShot S1 IS
△紀行日 2004/8/11(水)

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2023/07/01

日田彦山線添田駅は分岐駅からBRTひこぼしライン乗り換え駅に

 BRT工事が始まる前、2021年に日田彦山線添田駅を訪れました。

 いよいよ日田彦山線「BRTひこぼしライン」は、8月28日に開業だそうです(2023/5/28発表)。ただこれで、日田と彦山には直通しない「日田彦山線」になってしまいます。

 鉄道はネットワークがあってこそとは思いますが、災害復旧をあきらめてバスを選んだ結果はどうなるのか、長い目で見ていたい気がします。

※関連記事 新潟交通廃線跡を歩く 大船渡線盛駅にBRTバス

 

 

 

▼くっきりとした鉄道のラインが、またしても災害で消えていく。
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▼添田といえば添田線。かつて国鉄の営業係数で話題になったことを思い出す。
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▼かつてあったらしい跨線橋と「1番のりば」は跡形もない。そして今度は「2番のりば」が・・・。
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▼ソテツ植わるホームと駅名標スタイルが九州らしい。
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▼田川後藤寺方面、すぐ終端になる線路は旧添田線の名残か。50kg化もされていないレールに、力の入れ具合がわかる。
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▼そして日田方面、レールは赤くなっているが、律儀に赤信号が灯っていた。これで添田からは2方面が廃線になる。
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▼2017年の不通から4年。災害による鉄路撤退は、人口減少時代の宿命なのだろうか。
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▼駅舎内の物産館では日田彦山線の写真展が開かれていて、地元に愛されていることを感じた。どうかせめて日田彦山線のBRTが長続きしますように。
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撮影地 福岡県田川郡添田町添田

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2021/8/7(土)

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足柄駅から専売公社工場への専用線廃線跡は「久野緑の小径」に

 小田急線足柄駅から延びていた、専売公社への廃線跡を歩いてきました。

 JT小田原工場は2011年に閉鎖されたそうですが、跡地は来春にもイオンタウンになるとのこと、その変化には驚きます。

 小田急沿線では珍しい廃線跡なので注目していましたが、結局遊歩道とスーパーに生まれ変わり落ち着くようです。

※関連記事 構内横断場跡が残る足柄駅 足柄山王川の久野川橋梁架替

 

 

 

▼足柄駅の裏にある涼しげな空間、ここは何だろう。
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▼そこには専売公社専用線への線路が敷かれていた。長らく残っていた架線柱が今は無いのが残念。
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▼廃止から30年以上経っても、運行時のものと思われるスピーカーがあったのには驚き。
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▼足柄駅電留線から分かれて西側へカーブしてゆく。いかにも判りやすい廃線跡。
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▼敷地境界の柵から、何となくわかる踏切跡。わずかな痕跡から昔を想像するのも廃線跡歩きの楽しみ。
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▼見事なあじさいロード「久野緑の小径」になっていた、専用線廃線跡。
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▼小田原厚木道路をくぐると、小田原工場敷地跡が見えてきた。廃線跡歩きはあっけなく終わる。
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▼箱根外輪山の麓、左端に引き込まれていたのも今は昔、広大な更地が広がる。時代と共に土地利用は変わっていく。
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撮影地 神奈川県小田原市久野

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/6/19(日)

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