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2022/09/03

思い出の寝台特急あけぼの(上野-秋田-青森)《復活してほしい夜行列車(20)》

 羽越・奥羽線沿線を訪れるには、夜行「あけぼの」が便利でした。

 あけぼのが無くなり、新幹線が直通しない酒田・能代・大館など日本海側東北地方へは、行く機会が減ったような気がします。

 飛行機ほど速くはない鉄道では、夜行列車がその欠点をカバーしていました。もう鉄道は、新幹線や夜行列車など総力戦で他の輸送手段と競いあうことを、あきらめてしまったのでしょうか・・・。

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▼2012年GWは、夜行「あけぼの」で旅立った。深夜23時44分、水上に運転停車。独特だった客車の折戸から外は少し見づらかったが、それでも最低限の視野は確保していた。
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撮影地 群馬県利根郡みなかみ町鹿野沢

 

 

 

▼GWの頃でも、峠越えする深夜帯は暖房が稼働していた。利用者からも見えた車両の状況。
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▼翌朝7時04分、秋田到着。この先の区間は、寝たり、ゴロンとしたり、車窓を見たり、本を読んだり、夜行列車の気ままな時間帯。
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▼8時38分、大館到着。見える電車に東北を感じる。関東から直通で来られる便利さは大事だったと思う。
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▼そして9時56分、終点青森到着。奥羽本線経由だと特に、はるばる青森に来た感じがした。この遠距離感は夜行列車ならでは。
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▼寝台車に乗っても浴衣に着替えていなかった自分などは、実は「ゴロンとシート」で十分だったりした。
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▼淡い期待もあったが、2年後の春2014年3月に定期「あけぼの」は結局廃止になった。この時は涙雨だったのか…。
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▼見事な屋根カーブを描いていた寝台客車24系。どうか復活してほしい、寝台特急あけぼの。
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△カメラ SONY DSC-HX30V
△紀行日 2012/5/3(木)~4(金)

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※『復活してほしい夜行列車』シリーズ
 (1)夜行列車 旅が味わえる魅力
 (2)夜行列車 週末に遠出できる魅力
 (3)夜行列車 早朝から動ける魅力
 (4)夜行列車 気軽に使える魅力
 (5)夜行列車 安心して寝られる魅力
 (6)夜行列車 旅の機会が増える魅力
 (7)夜行列車 利用者からみた欠点
 (8)夜行列車 鉄道会社の事情
 (9)夜行列車 これからの夢
(10)夜行列車 個人的な興味 [1] [2] [3]

(11)思い出の ムーンライトながら
(12)思い出の ムーンライトえちご
(13)思い出の ムーンライト信州
(14)思い出の 夜行急行はまなす
(15)思い出の 夜行特急まりも
(16)思い出の 夜行特急オホーツク
(17)思い出の 夜行特急利尻
(18)思い出の 寝台特急北斗星
(19)思い出の 寝台特急はくつる
(20)思い出の 寝台特急あけぼの

 

 

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コメント

あけぼの、は最後まで残った寝台車で仕事が終わった夜、上野駅までよく見に行きました。

新車が無理なら既存の車両を改造して走らせるのはどうでしょうか?
しっかりした列車なら今でも乗る人はいると思います。

★ 汽車空間 様
九州ブルトレが全廃になった頃、ひょっとしてあけぼのと北斗星は残るのではないかと、淡い期待を持っていました。

秋田港の24系を復活させられないかと思ったりするのですが、まぁムリでしょう…。まだサンライズ交直流版を夢見ています^^

あけぼのは秋田や弘前、酒田、鶴岡などにお住まいの方にとって大変便利な列車だっただけに廃止が惜しまれます。

私は結局一度も乗車することなく廃止されてしまい、悔いが残ります…。

★ MIRUMIRU 様
少し前でも、奥羽線経由あけぼの・津軽の他、羽越線経由も出羽が定期でありましたから、どれだけ減ったのかと思います。

帰省などは若い頃使った手段が習慣になると思われ、世代とともに鉄道から離れていったのでしょうか。。

すいませんが一番最初に紀行日を書いてもらえませんでしょうか。
いつの記事なんだろうと最後まで行ってわかるのはどうかなと。なぜならこの夜行列車は2022年現在運転していないからです。
この記事は10年前、3.11の翌年であり東北は厳しい状況であったこと(山形秋田方面はそうでもなかったでしょうが)特に時代背景があり、鉄道輸送はその時の経済が反映されると思います。
さらにコロナで全然変わってしまった。少子高齢化も進んでいます。子供が少ないから列車にも乗る人が少ない、昼間の列車がそうだからまして夜行列車なんてとなるでしょう。

★ イチロー 様
すいません紀行日についてはどうかご容赦ください。。

昨今、夜行列車の運転は困難なのでしょう。とはいえ、今後増える見込のある鉄道利用者は、唯一旅人くらいなのではと思います。
旅人ブログとして、ここでは夜行列車が復活する可能性を夢みていたいのです^^

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