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2022年6月

2022/06/25

新潟駅在来線は3面5線・10両対応ホームに規模縮小され高架化完了

 全線高架化なった在来線新潟駅を訪れてきました。

 在来線新潟駅は、高架化前の4面7線から3面5線へ、12両級対応ホームから10両対応へと、残念ながら規模は縮小されました。直接見たことはありませんが、特急とき12両や急行佐渡13両が出入りした時代は、完全に過去のものです。新幹線時代の短編成多頻度運行スタイルに、やっと適応した駅になったということでしょう。

 3方面へ約20分間隔で行き交う近郊電車をホームで見ながら、新潟エリアの鉄道がこれからも発展することを願っていました。

※関連記事 新潟駅でE4系MAXとき 高架工事始まる新潟地上駅 新潟交通廃線跡(1)東関屋~平島 新潟交通廃線跡(2)寺地~焼鮒

 

 

 

▼2022年6月5日在来線全線高架化初日、特急しらゆき4号発車。ホーム上屋はアーチ型で、広々と感じられるのがいい。
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撮影地 新潟県新潟市中央区花園

 

 

 

▼本日開業の、高架1番線から出ていく白新線豊栄行。規模は縮小したが、新幹線に信越・白新線が加わり見事な高架線群になった。
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▼2018年に対面乗り換えが可能になった、上越新幹線と特急いなほ。本当はフリーゲージトレインを希望したいが、次善の策としてはナイスな発想か。
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▼新潟駅万代口の駅舎跡はすっかり更地になっていた。自分の頭の中の新潟駅像がまだ切り替わらない…。
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▼全線高架化前の6月3日に、営業を終えた仮設8・9番ホーム。まだレールは輝き赤信号が灯っているが、もう列車は来ない。
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▼一方、全線高架化6月5日に営業開始となった、高架1番線のレールが新たに輝き始めていた。
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▼ホームの白山寄りは、地上駅時代に比べてすっきり。留置線はホームからは見えない白山寄りに4線設けられていた。越後線白山駅も以前の1面2線から2面3線に増強されて、新潟駅をサポートするらしい。
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▼ホーム有効長は、長い3・4番線でもやっと10両。しかし高架化事業により、新幹線との対面乗り換えが可能になり、バリアフリー面でも大きく進化した。今後1階バスターミナルと商業施設が全面完成すると、中心駅としての魅力はさらに高まる。今後の高架新潟駅に期待したい。
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△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/6/5(日)

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小田急シモキタ地上線は下北線路街へ(2) 下北沢~世田谷代田

 小田急シモキタ地上線跡に出来た「下北線路街」を見てきました。

 1988年複々線化工事着工から実に34年、とうとう終盤となる下北沢地区がまちびらきです。「きしむ大動脈」だった小田急線にとってはまさに社運をかけたプロジェクトだっただけに、その駅と街づくりの仕上げの良さには見とれてしまいます。

 学生時代から見てきたファンとしても、小田急線複々線化は人生の過半を費やす一大記録テーマになりました。複々線化が終わり、これからの撮影目標には迷いそうですが、いやいやまだ多摩線延伸?、藤沢駅改良?、と興味は尽きなさそうです。

※関連記事 下北線路街(1) 東北沢~下北沢 泣いても笑ってもシモキタ地上線あと5日 今年も春が咲いてきた世田谷代田駅近く 地下化工事たけなわだった世田谷代田

 

 

 

▼みんながくつろげるようになった線路跡。「シモキタエキウエ」の2階テラス延長部分。
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撮影地 東京都世田谷区北沢

 

 

 

▼かと思えば、植栽エリアになった線路跡もある。昭和2年開業以来の小田急線線路敷きが、こんな姿になるとは。
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▼下北沢2号踏切跡。線路が消えて、たしかに街の分断は解消されたのかもしれない。
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▼辺りの住宅も世代交代が進んでいたが、「鎌倉通り」標識だけはかつての線路端を残していた。
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▼この付近は遊歩道化工事の最終段階だった。カーブした道路を歩いて行くと、やはり下北沢3号踏切を思い出す。
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▼世田谷代田駅の線路跡に開業していた宿「由縁別邸 代田」。気分は箱根にでも来たかのよう。
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▼まるで美術館の入口かのような、世田谷代田駅東口。さすがは「日本一暮らしやすい沿線」を目指す小田急線。
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▼複々線化と地下化により小田急線沿線は激変したが、富士山だけは変わらない。本当におめでとう、小田急線複々線化完成。
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△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/5/29(日)

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2022/06/11

小田急シモキタ地上線は下北線路街へ(1) 東北沢~下北沢

 下北線路街のまちびらき「下北線路祭」を見てきました。

 シモキタ地上線の地下化からはや9年、小田急線は地下にもぐり、線路跡は遊歩道になり、下北沢の街は雰囲気が変わったようです。

 遊歩道を歩いていると、下北沢にとって小田急線は地下化されて正解だったのかもしれないと思いました。鉄道ファンとしては高架化を推していたので、少しくやしいけれど。。

※関連記事 下北線路街(2) 下北沢~世田谷代田 泣いても笑ってもシモキタ地上線あと5日 今年も春が咲いてきた世田谷代田駅近く 地下化工事たけなわだった世田谷代田

 

 

 

▼東北沢駅の新宿寄りからは、新ルートを降りていく羽田への旅客機が頻繁に見えて、新鮮だった。小田急線では、新宿駅と代々木八幡駅付近の上空が飛行ルートらしく、たしかに2列で飛んでいくこともあった。
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撮影地 東京都渋谷区上原

 

 

 

▼地上線だった頃も、線路端にこんな黄色い花が咲いていた気もするが、違う種だろう。
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▼「踏切注意!」は「遊歩道あり!」へ。もう汽車マーク標識はどこにも無い。
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▼遊歩道にかろうじて残ったレール。これを見て、何人の人が地上線を思い出してくれるだろう。
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▼ひっきりなしに東北沢6号踏切の警報音と電車の音が聞こえていた、オオゼキ下北沢店前。
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▼「小田急線跡地」というと廃線のようにも見えるので、他の表現の方がいいような・・・。
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▼かつての線路敷きを多くの人が行き交うのを見て、まさに感無量。このまま「空き地」には残ってほしい気もする。
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▼現代の小田急線下北沢駅。混雑は以前と変わらないが、狭かったあの橋上駅舎の面影はまったく無かった。
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△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/5/29(日)

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!悲!宗谷本線抜海駅がまたしても廃止の危機に

 昨年生き残ったと思った抜海駅が、またしても廃止宣告を受けました。(2022/6/10道新

 東京圏から訪れると、南稚内からの原野をゆく列車と無人の交換駅は、まさに北の最果て感が感じられる情景です。基準以下の無人駅全てが残るのはムリとしても、抜海駅は稚内空港にも近いし魅力あるところに見えます。

 昔のように一度訪れて終わりの観光地や観光のための施設を訪れるだけではなく、地域そのままの姿が見たいという人も多くなっていると思います。私なら、宗谷岬よりは抜海駅の方を何度も訪れてみたいと思っていますが、さすがに少数派でしょうか・・・。

※関連記事 抜海も廃止か 抜海が廃止の危機に(今ここ) 存続決まった抜海 抜海で稚内行を見送る 残るか兜沼・勇知・抜海 抜海が棒線化 抜海の木造駅舎 稚内市最南勇知駅 兜沼が見える兜沼駅 南幌延の板張りホーム さらば歌内

 

 

 

▼大正13年(1924)開業という抜海駅が、また危機に見舞われた。
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▼始めて訪問した1987年以来、変わらないような景色。
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▼駅構内照明もLED化が進み、かつてのほの暗さは払しょくされていた。
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▼簡易な構内横断場も開業以来のものか。
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▼昔は当たり前だったのかもしれないが、「徒歩30分」かけて歩く人がどれだけいるのかといつも思う。。
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▼道路も日本全国つながっているが、鉄道だとこのレールで確かに鹿児島まで行けるんだという実感がある。
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▼普通の駅なら軒下だろうが、除雪用具などの置き場があって二段階ある改札扉が印象的。
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▼遠隔地からは存続を祈るしかないが、そもそも鉄道と駅は地元のためだけに存在するものではないのでは・・・とも思う。
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撮影地 北海道稚内市抜海村クトネベツ

 

《2022/8/12追記》 一転して、2023年度は稚内市の負担で存続するとのことです(2022/8/11道新)。抜海駅の価値を認めてくれたのならうれしいのですが…。

 

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2020/9/22(火)

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