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2022/02/19

大糸線キハ120で姫川とフォッサマグナ沿いの険しい谷道をかぶりつき

 久々に大糸線の非電化区間に乗り、先頭部から眺めてきました。

 ついにというかやはり、大糸線も存続について再検討が始まるようです(2022/2/3発表)。「持続可能な路線」と書かれている一方で「幅広い議論」ともありますから、当然廃止も視野に入れるのでしょう。またその後、2019年度大糸線(南小谷~糸魚川)の1kmあたり輸送密度はわずか102(人/日)、しかし輸送密度二千人未満の線区は「維持していくことは、非常に困難」、との会見もありました(2022/2/16発表)。

 かつて関西からシュプール号も直通してにぎわったのもつかの間、30年間で乗客が9割減少したと聞くと確かに考えてしまいます。ただ、かつて国の鉄道として全通しているだけに、大糸線に限らず日本列島の骨格として鉄道ネットワークは要るのか・要らないのか、という議論にもなると思います。地域輸送だけにとらわれず、広い見地から考えてほしい気がしますが、やはり利用客は減りすぎてしまっているでしょうか・・・。

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▼南小谷の駅名標は、所在地表記がうれしい国鉄仕様。下段の両駅が、心持ち離れているように見えるのは、錯覚か…。
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撮影地 長野県北安曇郡小谷村千国

 

 

 

▼南小谷を出ると架線は尽きてすっきりし、絶景区間に入った。構内外れで、旅客鉄道会社の「社界」を通る。
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▼すっかり溶けていて、豪雪の脅威が想像つかない。キハ120はロングシートだが、かぶりつきには好都合。(南小谷→中土)
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▼国道を走ると延々シェルターやトンネルが続き景色も見えないが、鉄道も似たような状況。(中土→北小谷)
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▼30年で9割という乗客減に対し、沿線集落の減少はどの程度になるのだろう。(北小谷→平岩)
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▼まだ新しい覆道と鉄橋が見える。せっかく復旧させた施設であり、長らく使ってほしいが。(平岩→小滝)
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▼簡易線とはいえ、直通シュプール号を受け入れる規格と容量はあったのが、旧国鉄路線網の強みだった。(小滝→根知)
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▼かつての車庫に感慨深くなれるのも、現役の鉄道があるからこそ。鉄道ファン利用者としては、新幹線や都市圏の鉄道を使うときには、全国鉄道「ユニバーサルサービス料」も払っているつもりなのだが・・・。どうか大糸線が残りますように、と祈るしかない。
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△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2020/3/21(土)

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14_甲信越」カテゴリの記事

コメント

かぶりつきの車窓、すばらしいですね。

それにしても、30年間で乗客が9割減少し輸送密度がわずか102人(人/日)では、存続についての再検討はやむを得ないですね。
もはや鉄道が担うべき水準を大きく下回っていますが、南小谷~糸魚川間は本州の太平洋側と日本海側を結ぶ鉄道ネットワークの一部でもあり、廃止ありきではない持続可能な路線としての方策を慎重にご検討いただきたいと思っております。

何で、そんなに減少したか検証が必要です。

あんなに走っていたシュプール号はなぜ止めてしまったのか疑問
が残ります。
内陸部から日本海の方に抜けるルートとして見直しても良いと思います。


★MIRUMIRUさん
30年前はシュプール号も走っていて数値に含むのでしょうから、減少率が9割と大きく見えるのかもしれません。

いつか絶景の沿線から列車を狙いたいと思っていますが、なかなか行けないですね。。

★汽車空間さん
シュプール号廃止は、ブーム去ったスキー人口の減少が原因でしょうが、確かに全て廃止にすることはないと思いますね。

大糸線は、キハ52の最終期にファン層は集めていましたが、一般客向けの観光列車とかが無いのがつらいところでしょう。

大糸線は1995年の集中豪雨で運命が決まった気がします。
その前は糸魚川まで直通で、割と人気の特急白馬もあったし、住民も姫川病院に通院等でよく利用していたように思う。

長野は電車に恵まれてますが、松本から電車で金沢となるとかなり制限されます。
車に弱い母を金沢に連れて行った際、南小谷で、散々待たされて、糸魚川で乗り換えなんて無駄な事してました。
そんな不便が多いから、余計に利用者が減ったように思います。

大糸線も学生が多い大町までの駅や、登山客が見込める白馬までは廃止されないと思いますが、南小谷以降は廃止もやむなしでしょうね。

そもそも松本民は危機感が無いのでしょうかね?金沢行くのに、わざわざ長野経由で直江津に出ていかないといけないわけですし。

★長野県民ですがさん
ご覧いただき、ありがとうございます。

やはり松本近辺から北陸方面へ向かうときには、大糸線も選択肢になっていたのですね。
この日も単行列車でしたが、座席はびっしり埋まって立ち客がいるほどで、底堅い需要は感じていました。

大糸線は、南小谷で別会社に分断されたのも運命の分け目になってしまいそうで、今となっては残念です。
せめて只見線方式の維持は期待したいのですが、2社・2県が関係していると、声を上げるのも、話しをまとめるのも、大変そうです…。

紀行日が2年前、おそらく春分の日当たりの前後でしょうか。(世にいう3連休)この辺りはコロナの緊急事態宣言が出る前(2020.4.7)だから乗客も多かったのでしょう。そこからが大変でしたね。首都圏もそうでしたし。地元民が乗っていなければどうなるかはわかると思います。

★イチローさん
この日は、富山の路面電車南北接続を祝いに行ったときで、まだ富山県は発生ゼロで大変にぎわっていました。

無対策の会食や集いは良くないとしても、お互いが生きるために必要な、医療と経済活動とのバランスには悩みますね。。

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