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2020/09/22

深名線廃止25年駅跡めぐり (3)共栄~名寄

 思い出お~い深名線。

 超ローカル線が廃止されたのは残念でしたが、少なくとも現役時代に乗ることができ、こうして跡をたどる楽しみもつくってくれたことに感謝しています。

 深名線廃止25年駅跡めぐり第3回は、共栄~名寄です。

※関連記事 深名線駅跡めぐり(1) 深名線駅跡めぐり(2) 留萌本線北一已のそば畑

 

 

 

▼深名線、共栄駅跡。現役を知らない人には、言われないと駅があったとは解らないだろう。しかしGoogleマップに登録されて誰でもたどることが出来るようになったので、当面は安心か。。駅に通じるだけの砂利道がよくぞ残っている。
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撮影地 北海道雨竜郡幌加内町共栄

 

 

 

▼深名線、朱鞠内駅跡。今も残る主要な深名線施設は、駅舎数個所、第三雨竜川橋梁、トンネル、そしてこの朱鞠内の保線建物くらいか。国道跨線橋も添牛内、大曲に残っているがどうなることだろう。
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撮影地 北海道雨竜郡幌加内町朱鞠内

 

 

 

▼深名線、湖畔駅跡近く。ここも踏切の痕跡があるくらいで、あとはヤブの中。旧道道標識は、今や昔を語る名前に。。
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撮影地 北海道雨竜郡幌加内町朱鞠内

 

 

 

▼深名線、蕗ノ台駅跡近く。湖畔からの道道528号は駅手前で左折するが、直進した先が駅だった。駅を中心に造られたのだろう。
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撮影地 北海道雨竜郡幌加内町蕗の台

 

 

 

▼深名線、白樺駅跡前。蕗ノ台は構内跡まで行けたが、白樺はヤブが高く困難だった。駅前広場に白樺が育っていた。
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撮影地 北海道雨竜郡幌加内町蕗の台

 

 

 

▼深名線、北母子里駅跡近く。母子里バス停横の横断歩道に、かつての駅接近標識が。今に活かされる北母子里に泣けてくる。
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撮影地 北海道雨竜郡幌加内町母子里

 

 

 

▼深名線、天塩弥生駅跡。かつての駅と見間違うほどの「天塩弥生駅」が出来ていた。おかみさんにご挨拶して撮らせていただく。
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撮影地 北海道名寄市弥生

 

 

 

▼深名線、西名寄駅跡近く。ライスセンターが駅跡まで拡がっているが、駅接近標識ですぐわかる。このバス停お気に入りの絵。
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撮影地 北海道名寄市曙

 

 

 

▼深名線の終点、名寄駅に到達した。かつてのゼロ番線跡は残っていたが、驚いたのは深名線バスに一般車が投入されていたこと、また宗谷線2・3番線ホームの上屋が撤去されていたことだった。また廃止30年の年に訪れるのを、楽しみにしたい。
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△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2020/9/21(月)

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コメント

記事を拝見していると、学生時代に乗った列車の車窓の思い出が浮かばれます。

朱鞠内駅で購入した、硬券入場券とオレンジカードは思い出のアイテムです。

★汽車空間さん
今回朱鞠内を訪れてショックだったのは、駅前商店が軒並み閉店になっていたことです。
ジュースの自販機すらありません…。(郵便局まで行けばありますが)

街は人の流れによってつくられるものだと、つくづく感じたものです。

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