13_関東

2024/05/05

山手線最後の踏切駒込-田端間「第二中里踏切」はクルマも通る

 山手線で最後になった踏切、第二中里踏切を見てきました。(2022年訪問)

 残り2箇所だった頃から気にはなってはいたのですが、最後の1個所になって初めて訪れることができました。

 近くの都道を整備後に2029年度目標で廃止されるそうですが、離れるので歩行者には少し遠回りになりそうです。

※関連記事 京急八ツ山橋梁と品川第1踏切 山手線最後の第二中里踏切

 

 

 

▼東京山手線の踏切に、まだ汽車マークが残っていたとは。北区作成の鉄道Viewマップにも載る踏切。
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▼この道はクルマも通れ、山手線を第二中里踏切で渡り、山手貨物線を中里橋で超えるので、踏切廃止が遅れた事情がわかる。
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▼E235系が山手線で踏切を通る最後の世代になりそう。踏切全廃でワンマン運転への障害が減るのかも。
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▼踏切から山手線線路と電車を見渡せるのも今のうち。
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▼富士見橋との間に都道補助92号線 こ線橋が出来るため、踏切廃止の理由になるらしい。
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▼踏切から山手線の架線を見上げられるのも今のうち。
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▼さすがに山手線内だけあって、踏切周囲の建物密度は高く見える。
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▼地区に新たに敷かれた線路の名残を感じられたのが踏切だった。お疲れさま、さらば山手線第二中里踏切。
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撮影地 東京都北区中里

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/5/3(火)

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2023/09/23

やっと日本でもLRT新線開業!祝!宇都宮ライトレール

 ライトラインの開業日、営業開始一番電車を見てきました。

 まさかねと思っていたら、とうとう実現されたライトレールの新線開業。この時代に新たな線路端が増えるなんて、とても信じられない思いです。

 日本でもやはり環境の大切さと、コンパクトシティ・線路とともに創るまちづくりの思想が広まってきた証しでしょうか。国内他の地域にも、刺激となって広がってほしいものです。

※関連記事 セントラムとポートラムが南北接続した日 富山市内環状線セントラム開業後始めての春

 

 

 

▼宇都宮駅は、宇都宮テラス一周年、芳賀・宇都宮LRT誕生で、かなり盛り上がっていた。
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▼15時の営業運転開始前、宇都宮駅東口は喧噪の前の静けさ。
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▼このデザインの良さに、宇都宮ライトレールの成功がもう見える気がする。
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▼在来路線のLRT化でもなく、新線を開業させた宇都宮には敬服したい。かつて岐阜での地団駄を晴らさせてくれた。。
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▼そして8月26日15時、営業一番電車が発車していった。思わず拍手が沸き起こる、開業おめでとう。(写真は二番電車…)
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▼幾多の困難を乗り越えて、開業の日を迎えたのだろう。利用者が伸び、線路は西口へ延びていくことを祈りたい。
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▼街に線路が敷かれて、電車がゆく。日本各地でも宇都宮に刺激を受けて、もっと広がるといいのだが。
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▼宇都宮駅の新しい仲間。みんなで手を携えて、宇都宮都市圏の公共交通網が充実していってほしい。
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撮影地 栃木県宇都宮市宮みらい

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2023/8/26(土)

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2023/06/03

羽田空港アクセス線になる大汐線は高層ビル街と京浜運河を縦断

 田町駅から京浜運河にかけて、新幹線回送線と大汐線が併走する線路沿いを歩いてきました。

 ようやく昨日港区では、羽田空港アクセス線の起工式が行われたようです。(2023/6/2報道

 東海道貨物線だった大汐線を、上野東京ライン15両編成が直通する姿を想像するのは、何とも楽しいものでした。

 

 

 

▼5複線と大汐線をまたぐ札の辻橋から。休止中の大汐線は以前から気になっていたが、田町駅付近の単線は撤去されていた。
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▼札の辻現業事務所に置かれていた、かつての架線柱らしきもの。新線は新幹線を単線シールドトンネルでくぐるらしい。
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▼本線から分かれ、新幹線回送線(上)・大汐線(中)は新芝運河を越える。芝浦併用橋と名乗るのは、川と道路のという意味か。
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▼確かに「汐留」とを結んでいた大汐線の名残が残る。今の汐留に貨物駅の面影はまるでない…。
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▼回送線を走る新幹線風景を初めて見た。大汐線高架橋も昭和40年代建設なら、整備すればまだ使用できそう。
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▼浜松町でくぐった東京モノレールを、品川埠頭で今度は跨ぎ超えることになる。
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▼京浜運河を渡る、新幹線回送線と大汐線。羽田までどんな電車が直通するだろう、想像するだけでも楽しい。
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▼大井車両基地へ帰る新幹線を見下ろす、マンションが増えていた。羽田空港アクセス線が開業する2031年頃、また来てみよう。
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撮影地 東京都品川区東品川

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX10
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2023/5/5(金)

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2023/05/20

キハ30で鴨川へのバス乗り継ぎ駅久留里線上総亀山へ

 久留里線上総亀山駅を訪れました。(2004年訪問)

 コロナ渦で乗客減少が早まってしまい、関東のローカル線にも例外なく廃止旋風が巻き上がってきました。お隣り小湊鐵道線なら所帯も小さいからという感覚は持てますが、久留里線の動きにはやはりがっかりです…。(2023/5/11報道

 サイクルトレイン「B.B.BASE」、また「里山トロッコ」やいすみ鉄道以外は、房総エリア全体的に、人を呼び込む動きはにぶいようです。また、そもそも半島の幹になる在来線特急が、バスに勢いを削がれつつあるのも心配です。三島ほど条件は厳しくないはずであり、もっと房総の鉄道にはやる気を出してほしいものです。

※関連記事 上総中野で乗り換え 木造駅舎が残る月崎駅

 

 

 

▼上総亀山に3両編成とはさすがに長い。雨水計の存在に、半島の中心を感じる。
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撮影地 千葉県君津市藤林

 

 

 

▼まだ窓口が開いていて、上総亀山は昔ながらの駅だった。
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▼鴨川日東バスが接続待ちしていた。鴨川まで1日3本、乗ってみたいが今日は見送る。
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▼こんなに観光地があるのに・・・、活かして残そう久留里線。
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▼亀山湖への入口になる駅前は、かつてもっとにぎわったのか。
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▼上総亀山で待機する、17:52発キハ38 3と2。久留里線塗装も悪くはなかった。
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▼非冷房の天井がすっきり、キハ30 98車内。外吊り両開きドア車に乗ったのは最後になったかも。
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▼自分より年配の1966年生まれというキハ30 98は、その後2012年まで運用されたらしい。お疲れさま、キハ30。
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△カメラ Canon PowerShot S1 IS
△紀行日 2004/9/5(日)

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2023/05/06

有形文化財の小ぶりな木造駅舎が残る小湊鐵道月崎駅

 小湊鐵道月崎駅を訪れました。(2006年訪問)

 大丈夫かと思っていた小湊鐵道も、コロナ渦が影響したのか、上総牛久から先は廃止の検討も必要だそうです(2023/4/29報道)。東京近郊なので今まであまり深刻に考えていませんでしたが、何げない普通の非電化路線でも短縮されるとしたら残念です。

 最近ではキハ40系も転入したようなので、また再訪しようと思います。

※関連記事 上総中野で乗り換え キハ30で上総亀山へ

 

 

 

▼なんと2017年には国の有形文化財に登録されたという、かわいらしい駅舎。
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▼たしかに、鉄道駅舎らしさそのままのような建物。
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▼わざとではない自然体の木製駅名標もいい。
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▼反対側のホームは使用されていないが、ポイント標識灯だけは真新しかった。
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▼房総半島を貫く、か細い鉄路。
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▼上総大久保寄りへ。険しい山は見られないが、全線に5箇所というトンネルが意外。
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▼そろそろ秋のきざしが感じられる頃。
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▼駅前の朝日屋では、うれしいことに小湊鐵道の硬券乗車券が委託販売されていた。
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撮影地 千葉県市原市月崎

 

 

 

 

 

△カメラ Canon PowerShot S1 IS
△紀行日 2006/9/10(日)

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2022/12/03

間藤から足尾本山へ足尾線最奥廃線跡には腕木信号機が残る

 間藤から先、足尾線最奥の廃線跡を見てきました。(2019年訪問)

 なぜ廃線跡にも惹かれるのか・・・、10代のころ西寒川支線や南薩線を見て以来、まだ自分でもはっきりしない感じです。

 絵になる光景が見られることもありますが、やはり地域と共に過ごした路線の生涯という重みが感じられるからでしょうか。

※関連記事 通洞から間藤は紅葉シーズン終盤

 

 

 

わたらせ渓谷鐵道間藤駅の終端。貨物側線も広がっていた構内跡がもう判別できないのは寂しかった。
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▼間藤から足尾本山へ、わたらせ渓谷鐵道は1998年まで鉄道事業免許を維持していたらしく、希望を残していたのか。
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▼1986年貨物輸送廃止、1998年鉄道事業免許失効、その後もそのままなのが不思議。
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▼今は足尾小中学校に統合された足尾本山小学校の側を通っていた。線路が残る廃線跡は、なんとも口惜しくなる。
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▼整備状態もあやしい線路端の町道を歩いて行くと、トンネルの手前で鮮やかな場内信号機が見えてきた。
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▼不思議なことに現役かのような、しかも進行のままの腕木信号機。復活できる日を待っているのか…。
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▼トンネルを越えると終点が近い。立入禁止だが、対岸から時の流れが止まったような足尾本山駅構内が望めた。
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▼もうこのワイヤーが動くことは無い、のか。お疲れさま足尾貨物線、さらば足尾本山貨物駅。
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撮影地 栃木県日光市足尾町本山

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2019/11/23(土)

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2022/11/20

わたらせ渓谷鐵道の通洞から間藤は紅葉シーズン終盤

 わたらせ渓谷鐵道、足尾線の末端部を歩いてきました。(2019年訪問)

 足尾といえばやはり足尾銅山ですが、その産業遺跡でもある鉄道が残っているのは奇跡のようでした。

 もっと早く来ていればと思うのはいつものことですが、それでも現代の足尾を見られて良い1日になりました。

※関連記事 間藤から足尾本山へ足尾線廃線跡

 

 

 

▼通洞駅は木造駅舎が残り、窓口には乗車券箱とスタンプ箱。何より駅員さんの姿に温かみを感じた。
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▼足尾市街の縁をゆく線路。いつもの法則で、撮りたい線路端であるほど、列車は来ない・・・。
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▼立派な「ハエたたき」ではないが、木柱が活躍中だった。よく持ちこたえている。
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▼次の足尾駅構内はまだ立派だった。DE10が牽引する12系客車他も、今や貴重になってきた。
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▼足尾駅も昔ながらの駅舎と看板があった。いつまでも現役でいてほしい。
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▼足尾駅の出発信号。地元の方によると、もう鮮やかさは落ちてきたらしい。
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▼桐生行が足尾を発車していく。終点までは、変化に富んだ約1時間半の旅。
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▼そして終点の間藤直前。もう車両が入ることは無いだろう、かつての側線が残る。
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撮影地 栃木県日光市足尾町下間藤

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2019/11/23(土)

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今なお残る米軍横田基地専用貨物線の踏切は6箇所

 今も米軍基地燃料輸送が続く、横田基地への専用線を見てきました。

 厚木基地、三沢基地専用線への訪問は廃線後になってしまいましたが、横田基地は現役路線のうちに行くことが出来ました。

 他では無くなった鉄道輸送が続くのはなぜなのか、やはりトレーラー輸送は危険度が異なるからでしょうか。

※関連記事 今なお残る浜安善終端 今なお残る瑞穂埠頭貨物線 今なお残る厚木基地貨物線 今なお残る三沢基地貨物線 厚木基地貨物線の制限区域内線路

 

 

 

▼青梅線、八高線、五日市線、西武拝島線が分岐する拝島駅から、もう1本線路が分岐する。駅前の横田1号踏切。
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▼送電鉄塔のほぼ直下に位置し、車両は通れない横田3号踏切。短い専用線で、最もローカル感が感じられた場所。
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▼横田基地側から拝島駅前を見る。1号から3号まで横田踏切が続くが、本数も少ないので問題はないのだろう。
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▼横田4号踏切。まったくの住宅地をゆく。ここから横田基地方面を見ると、左側に分岐線跡が感じられ目を引いた。
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▼都道7号線との交差は、踏切信号がある砂川街道踏切。交通量が多く「青信号 一時停止不要」なのは専用線らしい。
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▼横田基地直前、最後の踏切、横田6号第4種踏切。沿線はほぼ建物が並び立ち、引きがとれる場所は無かった。
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▼そして線路は横地基地内へと。基地内踏切は何カ所あるのか、基地内走行分の清算はどうなのか、など興味はつきない。
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▼日本にある米国エリア。鉄道貨物輸送は続いてほしいと思うが、基地が活躍する時が来ないようにと祈るばかり・・・。
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撮影地 東京都福生市熊川

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/5/4(水)

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2022/11/05

1面2線化された東武日光線板荷駅前には製材所と小商店

 東武日光線板荷駅を訪れてきました。

 大手私鉄のローカル区間には以前から惹かれるものがあり、板荷駅はようやく訪問がかないました。このエリアにしてこのような駅が存在しているとは、さすがは日光線です。

 そういえば、14系客車の「SL大樹」がこの近辺を走ったらまた魅力的ではないか、という気もしてきました。

※関連記事 東武線14系には青20号が似合う 東武線でよみがえった14系 三浦半島の南端三崎口駅へ

 

 

 

▼鹿沼市街を過ぎると日光線もローカル色が濃くなり、板荷駅への期待がふくらんできた。
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▼これがうわさの幅広ホーム。1面4線の内側線路を廃した例は多くはなさそう。半自動ドアはほとんどが閉じたままだった。
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▼そう高所ではないと思っていたが、早くも標高表示の登場とは日光線らしさを感じる。
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▼無人駅になっていたが(11:35~12:27のみ係員構内滞在)、由緒正しい駅舎が健在なのはうれしい。
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▼駅名の由来なのか、駅前には今でも製材所が。その反対側に小商店が残るのは、このエリアでは奇跡的に思えた。
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▼日光線開業時からの架線鉄柱だろうか。架線柱美を感じてしまう。
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▼1面4線時代の名残が見られるホーム両端。やはり6050系が活躍していた頃に訪れたかった・・・。
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▼それでもまた、ゆったりと日光線を撮るために立ち寄りたいと思う。
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撮影地 栃木県鹿沼市板荷

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS KissX9
△レンズ EF-S 18-135mm F3.5-5.6 IS USM
△紀行日 2022/5/5(木)

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2022/10/23

地下化まであと2週間になった東横線渋谷かまぼこ屋根高架駅

 2013年3月に東横線渋谷駅が地下化される14日前、再び渋谷駅を訪れました。

 鉄道150年の今年2022年、ちょうど鉄道記念日にはNHKドキュメント72時間さよなら渋谷・カマボコ駅舎』が再放送されたようです。

 あれからもうすぐ10年。高架駅だった東急東横線渋谷駅を、私も振り返ってみたいと思います。

※関連記事 渋谷地下化まで180日 駅前の東急5000系青ガエル さらば桜木町 さらば高島町 さらば高架横浜 さらば地上反町 東急桜木町切替一夜

 

 

 

▼最終期のカマボコ屋根。『新・渋谷ターミナル、はじまる。HELLO! NEW SHIBUYA TERMINAL』宣伝が、期待の大きさを感じさせた。
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▼心なしか最期を感じている人もいるような、週末の渋谷駅。かつて[桜木町]行を見送った、このホーム自体が無くなろうとは。
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▼高架ホーム上にあった、わずかなくつろぎの場「ドトールコーヒー」。ターミナルならではの光景が眺められた。
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▼背後に「相互直通運転まであと14日」を示していた、東急線キャラクター「のるるん」も高架駅ではあとわずか。
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▼やはり横浜寄りへ行くほど空いていたので、先細りのホームを先へ先へと。
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▼地下化前に高架渋谷駅で、東京メトロ副都心線7000系の営業運転が見られたのは、かなり意外感があった。
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▼ちょうど東横線では、新しい車両のイメージだった9000系も最期の時を迎えていた。
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▼この陣容の高架駅が消滅するとは信じがたかった、地下化14日前。これからこの空に向かって、高層ビルはどこまで伸びていくのだろう。お疲れさま、さらば東横線渋谷高架駅。
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撮影地 東京都渋谷区

 

 

 

 

 

△カメラ Canon EOS 6D
△レンズ EF24-105mm F4L IS USM
△紀行日 2013/3/2(土)

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